大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(ネ)3144号 判決

控訴人 松尾喜正

右訴訟代理人弁護士 小河原泉

被控訴人 小泉喜久子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 野武興一

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決事実摘示欄の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)のうち、原審相被告甲野太郎(以下「甲野」という。)が本件事故を起こし、亡良雄を死亡させたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、その余の右請求原因1の事実(本件事故の態様)を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  請求原因2(二)(1)(控訴人の運行供用者責任)について判断する。

1  本件事故当時、加害車が控訴人の所有に属していたこと、控訴人と甲野が高校時代からの友人であったこと、本件事故当時控訴人が甲野と同じアパートに居住していたこと、甲野が、控訴人の就寝中に控訴人のズボンのポケットから加害車の鍵を持ち出して運転中に、本件事故を起こしたことは、当事者間に争いがない。

2  右事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  甲野(昭和三七年九月一五日生)は、千葉県立乙山高等学校(定時制)を一年で中退し、その後昭和五六年一二月ころから、茨城県鹿島郡神栖町《番地省略》所在の正木荘に居住して、同町内のゲームセンターで働いていた(甲野の勤務時間は、おおむね午後八時から翌日午前三時までであった。)。

(二)  控訴人は、甲野と右高等学校の同級生であったものであるが、甲野の勧めに応じて、昭和五七年四月ころから右正木荘に入居し、近くの会社であるワールド通商でテレビゲーム機の修理の仕事に従事していた(控訴人の勤務時間は、おおむね正午から午後一〇時までであった。)。

(三)  右正木荘内では、控訴人と甲野とは各別の部屋に起居していたが、各居室は引戸で仕切られていたものの、各居室入口には施錠がなかったので、相互に自由に出入できた。しかし、控訴人と甲野とは、前記のように勤務先も勤務時間も異なっていたため、同じアパートに居住はしていても、さほど親しく話し合うことはなかった(控訴人自身、アパートの部屋代を支払ったことはなく、また甲野が部屋代を幾ら支払っていたかを知らなかった。)。

(四)  控訴人は、正木荘に入居後は、加害車を正木荘玄関前の空地に駐車させ、加害車の鍵を自己の居室内のファンシーケースの中の棚に置いたまま徒歩で出勤することが多かった。すると甲野が、無免許であるにもかかわらず、控訴人に無断で右鍵を持ち出し、加害車を運転したことが二、三度あった。控訴人は、甲野が運転免許を持っていないことを知っていたので、その都度甲野に注意した。そして控訴人は、自己の居室内には錠のかかる引き出しその他適当な保管場所がなかったので、その後は加害車の鍵を自己が着用するズボンのポケットに入れて常時携行することとし、右鍵の保管方法を改めた。

(五)  控訴人は、本件事故発生前日の昭和五七年五月二〇日午後一〇時過ぎころ、ズボンのポケット内に加害車の鍵を入れ、右ズボンを枕もとに置いて就寝したところ、甲野は、翌二一日午前六時前ころ、控訴人に気づかれないまま、控訴人の居室に立ち入り、右ズボンのポケットから加害車の鍵を取り出し、控訴人に無断で加害車を乗り出し運転するうち、本件事故をひき起した。

(六)  甲野が、右のように、控訴人に無断で加害車を乗り出したのは、本件事故の数日前にその実兄から、幼時に生別した実母が茨城県下館市の奥の方に住むと聞き、実母の住所の正確な町名、番地はもとより、遠出のドライブをしたことがなく、神栖町から途中の土浦市までの正確な道順さえ知らなかったにもかかわらず、ともかく、早朝に右正木荘を自動車で出発し下館市まで行けば、実母に会えるか否かは別として、その日の夜の出勤時刻前までには右正木荘に帰り着くことができるであろうという甲野独自の判断に基づくものであった。

(七)  甲野は、午前六時ころ右正木荘を出発後、途中で道順を尋ね尋ねしながらようやく潮来町を過ぎ、次いで土浦市を経由して下館市へ向かおうとする途中、土浦市の手前である美浦村の前記場所において、午前六時五五分ころ本件事故をひき起こした。

(八)  控訴人は、同日午前九時ころ、就寝中のところを電話で呼び起こされ、甲野を業務上過失致死罪等の被疑事実で現行犯逮捕して取調べ中の茨城県江戸崎警察署の警察官から、加害車を甲野に貸与したか否かの照会を受け、初めて、甲野が控訴人に無断で加害車の鍵を持ち出してこれを乗り出したことを知った。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  神栖町から、本件事故の現場までの直線距離が約三五キロメートルであり、同下館市までの直線距離が約八〇キロメートルであることは、当裁判所に顕著な事実である。

4  以上の事実関係のもとでは、控訴人と甲野とは、友人であり本件事故当時同じアパートに居住していたものではあるが、それ以上に、雇傭関係、身分関係など特別の関係に基づいて、控訴人が甲野に対し何らかの支配関係を有していたものではなく、かつ、加害車の鍵の甲野による持出しについても、また無免許者である甲野の計画した本件事故当日の運転行程(距離、時間など)に従った加害車の運転についても、控訴人が暗黙にも承認を与えたものではないというべきである。したがって、控訴人が本件事故当時、加害車に対する運行支配及び運行利益を有していたということはできず、控訴人は自賠法三条所定の運行供用者としての責任を負わないものと解するのが相当である。

5  そうすると、同法条に基づく被控訴人らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、棄却されるべきである。

三  次に、請求原因2(二)(2)(民法七〇九条による責任)について判断する。

甲野が、控訴人に無断で、加害車を乗り出した経緯は先に説示したとおりである。

右事実関係のもとでは、控訴人としては、同じアパートに居住する甲野が、かつて控訴人の留守中に二、三回加害車を無断で運転した事実があったとしても、早朝、控訴人が就寝中の居室内に無断で立ち入り、枕もとに置いたズボンのポケットから加害車の鍵を取り出して加害車を無断で運転することをも予見して、右鍵の保管、管理を更に厳重にすべき注意義務まではなかったというべきであるから、控訴人に加害車の管理を怠った過失があったということはできない。

他に、控訴人の加害車の管理、保管上の過失を認めるべき証拠はない。

そうすると、民法七〇九条に基づく被控訴人らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、棄却されるべきである。

四  よって、控訴人に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき損害賠償の支払を求める被控訴人らの請求はいずれも理由がないものとして棄却されるべきであり、これと異なり被控訴人らの請求を一部認容した原判決は相当ではなく、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い、原判決のうち控訴人敗訴の部分を取り消して本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 鈴木經夫 山崎宏征)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例